フリーマガジン
「Wakaranai DEC. 2004」に
掲載されました。

 最近、私は2つのエクセレントな公演を観る機会がありました。1つはラファエル・アマルゴと彼の舞踊団による公演で、プロフェッショナルの踊り手達とスペイン人の演奏家、そして彼らの中の数人は、確信を持ったヒターノも出演していました。これは日本でツアーする為に特別に招聘したのです。そしてもう1つの公演「Poco a Poco」はスペイン舞踊家で先生でもあるアントニオ・アロンソのプロデュースで彼の日本の生徒達(学生、OL、サラリーマン)が出演していました。

 この感動的な2つの全く違う公演は挑発的であり、我々はフラメンコの本質について、ここ10年のこの芸術の発展と、なぜ世界中にこの様に人気が広がったのかという点で、深く考えました。

ここ最近のフラメンコの変化の影響は世界中に広がっており、その例をあげると、アマルゴと彼の舞踊団員は普段着や流行の服で登場し、失った愛に憂うセビージャの年老いた夫婦の為に踊るというものでした。アマルゴは全ての情熱と本当のヒターノの官能性をイタリアの「ドルチェ&ガバーナ」のスタイルのスーツを着て踊りました。舞台はその質と革新によってすばらしい物であり、そして我々は質問する義務を感じました。「アンダルシアの踊りの中にある独特の味の何が残せるのか?」「フラメンコはマドリッドのオフィスでの仕事をする様なネクタイやジャケットを用いる事が出来るのか?」若いアマルゴはイタリア製のスーツの袖をまくって踊っていた。彼の答えは「Yes」でした。

 マエストロ アントニオ・アロンソとその生徒達は、フラメンコとクラシコ・エスパニョールの19のオリジナルの作品を踊りました。ラベルの「ボレロ」の野心的な表現、エレガントで凛々しいセビジャーナス、そして深く美しいソレアは我々の好みでした。グループ(生徒達)は誠実に情熱を持って演じていました。そこでまた質問は避けられません。「日本人という外国人がスペイン語も分からず、フラメンコの文化も知らずして、この芸術の根本的な本質を理解して表現する事が出来るのだろうか?」そして答えは「Yes」です。アントニオ・アロンソは説明しています。「たとえフラメンコが日本から15.000km離れたところで生まれたとしても、練習・夢・愛を通して『Poco a poco(少しずつ)』、ヒターノやスペイン人の文化である素晴らしい表現をものにしているのです。」

 これらの2つの公演は言語を超越した言葉で1つの事を言っています、すなわち「フラメンコは感情であり、愛や情熱といった人間のどの様な感情であり、普遍的である」と。
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